東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)27号 判決
一 本件権利範囲確認審判請求事件の審判手続の経緯および審決の内容についての請求原因第一、二項の事実は、当事者間に争がない。そして本件は、被告の実用新案にかかるコンクリート工事施工用支柱が原告の発明の権利範囲に属するかどうかが争点であるので、この点をつぎに判断する。
二(一) 原告の発明は、成立に争のない甲第四号証の一(原告の発明の明細書および図面の内容を掲げた特許公報)によれば、特許請求の範囲を、「外周に螺旋部を設けたる円筒に導溝を2区劃以上に亘つて設け該円筒の内部に昇降両用の2個の支持鈑を設け該支持鈑には外周に腕を放射状に固定し該腕をして前記各導溝に突出せしめ該突出部を前記螺旋部に螺合する2個の輪環上面或は下面に配置し輪環の廻転により昇降せしめ円筒内に挿入せる上下両坑木を継手作用維持のまま伸縮せしむることを特徴とする坑木建込継手」とするものであり、その必須の構成要件は、特許請求の範囲、右公報中発明の性質および目的の要領、発明の詳細な説明、図面の各記載に徴し、
(A) 外周に螺旋部を設けた円筒(2)に二区劃以上に亘つて導溝(3)を設けること
(B) 円筒(2)の内部に昇降両用の二個の支持鈑(4)(4´)を設けること
(C) この支持鈑(4)(4´)には外周に腕(6)を放射状に固定し、この腕(6)を各導溝(3)から突出させること
(D) 円筒(2)に二個の輪環(7)(7´)を螺合させ、この二個の輪環(7)(7´)の上面あるいは下面に支持鈑の腕(6)の突出部を配置させること
(E) 輪環(7)(7´)の廻転によつて支持鈑(4)(4´)を昇降させ、円筒(2)内に挿入した上下両坑木(支柱)を、継手作用維持のまま伸縮させるようにしたこと
にあるものと認められる。
(二) 原告は、原告の発明の要旨は、特許請求の範囲の記載だけをもつて解釈すべきではなく、その明細書および図面の全体から判断すべきものであるとし、原告の発明において、建込継手は上下両坑木(支柱)を継手作用維持のまま上下両方向に伸縮可能とする思想のものであるとともに一方向だけに対する伸縮操作の思想をも含むものであり、また、導溝の数は原告の発明の本質をなすものでなく、輪環も二個に限られるべきでなく明細書中にもその個数を限定した意義が記載されていないから二個と記載したのは実施の一例に過ぎないと主張する。
けれども(イ)発明の権利範囲は、明細書の特許請求の範囲の記載にもとづいて定むべきであることは、本件に適用されるべき旧特許法施行規則(大正一〇年農商務省令第三三号)第三八条第五項に「特許請求ノ範囲ニハ発明ノ構成ニ欠クヘカラサル事項ノミヲ一項ニ記載スヘシ」と規定されていることからも明らかであり、特許請求の範囲の項だけの記載では発明の要旨を把握し難いような場合はともかく、本件の場合のように、特許請求の範囲に明瞭に「2個の支持鈑」「2個の輪環」と前示認定のとおり記載されているばかりでなく、発明の性質および目的の要領の項、発明の詳細なる説明の項にいずれもはつきりと記載されている以上、その記載が、原告の発明の必須の構成要件と解されるべきことはむしろ当然である。特許請求中に支持鈑の腕について「2個の輪環上面或は下面に配置し」との表現があつても、右のとおり解する妨げとならない。(ロ)また、一方向のみに対する伸縮可能の思想が本件建込継手に含まれているとして原告の指摘する点についても、前掲甲第四号証の一に即してこれを検討してみるとそれは本来二個の輪環と支持鈑とを用い上下両方向に伸縮可能とする本件建込継手の特別な使用方法に過ぎず、原告の発明としては前示認定のとおりの上下両方向に伸縮可能な建込継手そのものであることが明らかである。
以上により、原告の発明は、単に原告の主張するように、外周に螺旋部を設けた円筒に導溝を設け、該円筒内部に支持鈑を設け、支持鈑には外周に腕を放射状に固定し、腕を前記導溝に突出せしめ、該突出部を前記螺旋部に螺合する輪環上面あるいは下面に配置し、輪環の廻転により昇降せしめ、円筒内に挿入した坑木(支柱)を継手作用維持のまま伸縮させることを特徴とする坑木(支柱)建込継手という広い技術思想を範囲とするものではなく、前示認定のとおりの、二個の輪環、二個の支持鈑、支持鈑の具体的構造、二個の支持鈑の放射状突出部をそれぞれ二個の輪環の上面または下面に配置させた構造等の具体的構成にかかるものであるというべきことが明らかであるから、原告の発明の要旨に関する原告の主張は、肯認できない。
三 つぎに、被告の実用新案にかかるコンクリート工事施工用支柱は、成立について争のない甲第三号証と弁論の全趣旨とによれば、
(a) 金属をもつて構成し下端部に透孔(1)を有する安定板(2)を固定した脚筒(3)の上部に、段(4)を設けた接手(5)を嵌装し、前記脚筒(3)の外周に振れ止(6)を固着し、この接手(5)に螺子筒(11)(原告の発明における円筒(2)に相当する。)を嵌装すること
(b) 螺子筒(11)には、一対の短冊状の透孔(7)(原告の発明における導溝(3)に相当する。)を穿設すること
(c) 螺子筒(11)には、その外周に設けた螺子部(8)に、折曲しうる把手(9)(9)´を設けた一個の押上環(10)(原告の発明における輪環(7)に相当する。)を螺合させること
(d) 透孔(13)を有する受板(14)を設けた摺動杆(15)を螺子筒(11)および脚筒(3)に遊嵌すること
(e) 摺動杆(15)には適宜間隔に透孔(12)を設け、この透孔(12)に挿入ピン(16)を螺子筒の短冊状透孔(7)を通して挿通し、このピン(16)を押上環(10)の上面に配置させること
(f) 押上環(10)の廻動によつてピン(16)を昇降させ、このピン(16)を介して摺動杆(15)を昇降させることから成るものであることが認められる。
四 ところで、被告の実用新案にかかるコンクリート工事施工用支柱が原告の発明の権利範囲に属するかどうかは、原告の発明の前示認定にかかる(A)から(E)までの五つの構成要件の全部を被告の実用新案にかかるコンクリート工事施工用支柱がその全部または一部に具現しているかどうかによつて定まる。そこで、両者を対比してみると、両者は、ただ、螺子部を設けた円筒に導溝を設け、この円筒の外周に輪環を螺合し、かつ、その円筒内に伸縮用杆体を挿通し、輪環の廻動によつて伸縮用杆体をその支えを介して上下に移動させるという点で一致しているだけでつぎの具体的諸点でたがいに相違している。すなわち
(一) 原告の発明においては、二個の輪環(7)(7)´を円筒(2)に螺合させ、また、上下二本の坑木(支柱)を円筒内に挿入するが、被告の実用新案にかかるコンクリート工事施工用支柱においては、右輪環(7)に相当する押上環(10)は、ただ一個だけでありまた、上下に摺動する坑木(支柱)に相当する摺動杆(15)は上部の一本だけであつて、原告の発明には存しない脚筒(3)を有し、その全長は、螺子筒(11)と脚筒(3)との各長さの和以下になることはない。
(二) 原告の発明においては、円筒(2)の内部に昇降両用の二個の支持鈑(4)(4)´を設け、この支持鈑には放射状に腕を固定して設け、この腕(6)を導溝(3)から突出させ、この突出部を二個の輪環(7)(7)´の上面あるいは下面に配置させる、また、円筒(2)内に上下両方向から挿入される坑木(支柱)もこの支持鈑(4)(4)´の上または下に止まり、その各反対側にまで挿通されないのに対し、被告の実用新案にかかるコンクリート工事施工支柱においては、右の支柱鈑(4)(4)´がなく、これに代え、挿入ピン(16)が螺子筒(11)の透孔(7)を通して摺動杆(15)の適宜の間隔に設けられた透孔(12)の一つに挿入され、押上環(10)の上面に配置されたそのピン(16)を昇降させ、これにより摺動杆(15)を昇降させる、また、摺動杆(15)は螺子筒(11)および脚筒(3)に遊嵌している。
(三) 原告の発明においては、円筒(2)に挿入される坑木(支柱)の長さが時に応じ異なりうるとはいえ、建込継手自体の伸縮の有効長は導溝(3)の長さを限度とするのに対し、被告の実用新案にかかるコンクリート工事施工用支柱においては、それ自体の伸縮の有効長は、右導溝(3)に相当する短冊状透孔(7)の長さに止まらず、摺動杆(15)に適宜の間隔で設けられた透孔(12)にピン(16)を所望に応じ移動して挿入し摺動杆(15)の長さを変え右透孔(7)の長さに付加して伸縮範囲を調節することができ、かつ、これをきわめて簡易迅速かつ適確に行いうる構成になつている。
(四) 原告の発明においては、本来的に、上下二個の坑木(支柱)を、二個の輪環(7)(7)´の廻動により二個の支持鈑(4)(4)´を介して昇降させるのに対し、被告の実用新案にかかるコンクリート工事施工用支柱においては、一定の一個の摺動杆(15)を、一個の押上環(10)の廻動によりピン(16)を介して昇降させる。
以上の諸点は、いずれも原告の発明の必須の構成要件(B)(C)(D)(E)に関する重要な差異にかかり、これらをもつて、とうてい単なる構造上の微差ないし付加的構造にかかるものとすることができない。したがつて、被告の実用新案にかかるコンクリート工事施工用支柱は、その一部において、原告の発明の一部と一致するところがあるとしても、その必須の構成要件の多くのものを具現するものでないことが明らかであるから、原告の発明の権利範囲に属しないというに十分である。
五 以上のとおりであるから、被告の実用新案にかかるコンクリート工事施工用支柱が原告の発明の権利範囲に属しないものとした本件審決は、相当であり、その取消を求める原告の本訴請求は、理由がないので、これを失当として棄却することとする。